今日は産業の講座があった。
4月から始まったこの講座もあと1回で終わる。
終わるとなると、あっというまだな。
なんだか嬉しいような、寂しいような。
今日の実習で、講師に言われた一言が残る。
「『できない』んじゃない、『しようとしない』んだ。」
あ〜〜〜〜
ハイ・・・そうです、その通りです
「『私は○○をしようとしない』と言ってごらん。」
う〜〜〜〜
それを言わせますか。声も小さくなりますわ
そう、「できない」んじゃなくて
自分が「やっていない」だけなんだということが
わかるようになってきてから、
逆に逃げ場がなくなって、苦しかったりする。
でも言い換えれば、「やればできる」ってこと。
それを可能にするのは、いつでも自分次第なのだねぇ
と、言いつつ・・・
「やらないメリット」を選ぶこともよくやっていたりするが。
とことん付き合うよ、そんな自分にも。
さて、思い起こせば
この講座が始まったばかりの頃、
私は講師に対して、反発・反抗心を持っていた。
色々と教えてもらっても、
受け取れない自分がいて、悶々としていた頃がある。
でも最近、変わってきていたことに気付いた。
随分、自然に受け入れていた。
ひとつは、
自分が納得できる分だけ、受け取ればいいやと思えるようになったからかな。
それでだいぶ楽になったというのもある。
それと、
私達に向けられる言葉にも、私達の成長を願う想いが込められている。
そんな想いを感じるようになったからだろうか。
その想いを感じると、たとえ厳しい言葉であっても
嬉しいものだったりするんだ、不思議と。
来週は最後の授業。
まだまだ通過点ではあるけれども、
「自分がやった」ことで、この講座が達成「できる」日がくる
2006⁄10⁄28 23:55 カテゴリー:日記 comment(6)
4月から始まったこの講座もあと1回で終わる。
終わるとなると、あっというまだな。
なんだか嬉しいような、寂しいような。
今日の実習で、講師に言われた一言が残る。
「『できない』んじゃない、『しようとしない』んだ。」
あ〜〜〜〜
ハイ・・・そうです、その通りです

「『私は○○をしようとしない』と言ってごらん。」
う〜〜〜〜
それを言わせますか。声も小さくなりますわ

そう、「できない」んじゃなくて
自分が「やっていない」だけなんだということが
わかるようになってきてから、
逆に逃げ場がなくなって、苦しかったりする。
でも言い換えれば、「やればできる」ってこと。
それを可能にするのは、いつでも自分次第なのだねぇ

と、言いつつ・・・
「やらないメリット」を選ぶこともよくやっていたりするが。
とことん付き合うよ、そんな自分にも。
さて、思い起こせば
この講座が始まったばかりの頃、
私は講師に対して、反発・反抗心を持っていた。
色々と教えてもらっても、
受け取れない自分がいて、悶々としていた頃がある。
でも最近、変わってきていたことに気付いた。
随分、自然に受け入れていた。
ひとつは、
自分が納得できる分だけ、受け取ればいいやと思えるようになったからかな。
それでだいぶ楽になったというのもある。
それと、
私達に向けられる言葉にも、私達の成長を願う想いが込められている。
そんな想いを感じるようになったからだろうか。
その想いを感じると、たとえ厳しい言葉であっても
嬉しいものだったりするんだ、不思議と。
来週は最後の授業。
まだまだ通過点ではあるけれども、
「自分がやった」ことで、この講座が達成「できる」日がくる

2006⁄10⁄28 23:55 カテゴリー:日記 comment(6)
先日、死別体験をした人たちが集まる会へ参加した。
この会へは、初めての参加。
語りたいというよりは、どんな場なのか知りたいと思った。
大事な人を亡くした方々が集まり、
強制されるでもなく、人に意見されるでもなく、自由に話す場。
それぞれの体験、今ある想いを少しずつ言葉にしていく。
ここでのお話の内容は書けないけれど、
聴いていると、本当にそれぞれの悲しみがあることを知る。
悲しさ、寂しさ、怒り、悔しさ、後悔、不安、自責の念、孤独感、絶望感・・・
色んな想いが入り混じる。
まさにその悲しみの渦中にいる方を前にすると、
どんな言葉も意味をもたない気がしてくる。
いつまでも悲しむ自分を責めてしまったり、
人前で泣くことを我慢してしまったり、
自分を納得させようとしたり、
無理に自分の気持ちをおさめようとする。
でも、やっぱり悲しいんだよ。
どんなに時間が経ったって、全てが消えるわけじゃなくて。
思い出して涙することは、たくさんある。
でも、それでいいと思う。それは、とても自然なことだから。
それだけ故人が大事な人であったということだから。
それぞれの人にとって、故人がどれだけ大切な人だったのかが伝わってくる。
その想いが大きい分、別れた辛さは計り知れない。
でも、今がどんなにどんなに悲しくって辛くってどうしようもなくても、
きっと少しずつ少しずつその涙の量が減ってくる日がくるって、
それだけは信じられる。
人それぞれ、そこにどれだけの月日がかかるか分からないけれど
でもその時がくるってことだけは、信じられる。
悲しみは消えなくても、それを心のどこかに抱えながら生きていける。
それに向き合い、乗り越えていくのは
他の誰も変わることなど出来なくて、本人にしか出来ないこと。
でも、この場に来ること自体が、それぞれ色々な想いを抱えながらも
それでも懸命に生きようとする人たちの姿にも感じられた。
実は今日、ある人の訃報が届いた。
今まさにその渦中にいる人達の姿が思い浮かぶ。
どんな想いでいるのだろう。
今は離れた場所から察することしかできない自分がいる。
2006⁄10⁄21 23:55 カテゴリー:大切なもの comment(4)
この会へは、初めての参加。
語りたいというよりは、どんな場なのか知りたいと思った。
大事な人を亡くした方々が集まり、
強制されるでもなく、人に意見されるでもなく、自由に話す場。
それぞれの体験、今ある想いを少しずつ言葉にしていく。
ここでのお話の内容は書けないけれど、
聴いていると、本当にそれぞれの悲しみがあることを知る。
悲しさ、寂しさ、怒り、悔しさ、後悔、不安、自責の念、孤独感、絶望感・・・
色んな想いが入り混じる。
まさにその悲しみの渦中にいる方を前にすると、
どんな言葉も意味をもたない気がしてくる。
いつまでも悲しむ自分を責めてしまったり、
人前で泣くことを我慢してしまったり、
自分を納得させようとしたり、
無理に自分の気持ちをおさめようとする。
でも、やっぱり悲しいんだよ。
どんなに時間が経ったって、全てが消えるわけじゃなくて。
思い出して涙することは、たくさんある。
でも、それでいいと思う。それは、とても自然なことだから。
それだけ故人が大事な人であったということだから。
それぞれの人にとって、故人がどれだけ大切な人だったのかが伝わってくる。
その想いが大きい分、別れた辛さは計り知れない。
でも、今がどんなにどんなに悲しくって辛くってどうしようもなくても、
きっと少しずつ少しずつその涙の量が減ってくる日がくるって、
それだけは信じられる。
人それぞれ、そこにどれだけの月日がかかるか分からないけれど
でもその時がくるってことだけは、信じられる。
悲しみは消えなくても、それを心のどこかに抱えながら生きていける。
それに向き合い、乗り越えていくのは
他の誰も変わることなど出来なくて、本人にしか出来ないこと。
でも、この場に来ること自体が、それぞれ色々な想いを抱えながらも
それでも懸命に生きようとする人たちの姿にも感じられた。
実は今日、ある人の訃報が届いた。
今まさにその渦中にいる人達の姿が思い浮かぶ。
どんな想いでいるのだろう。
今は離れた場所から察することしかできない自分がいる。
2006⁄10⁄21 23:55 カテゴリー:大切なもの comment(4)
一昨日、ポストに1通の手紙が入っていた
チラシやら公共料金の請求書やらに混じって、
カワイイ封筒が入っているのを見つけた瞬間っていうのは、
何にも変えがたい嬉しさがこみ上げてくる。
それは、数日前に手紙を出した友達からの返事だった
私は手紙を書くのも、もらうのも好きである。
メールも電話もする相手だけれど、ふと手紙を書きたくなる。
まぁ、そんなにしょっちゅうではないけれど。
メールみたいに、2、3分で手軽に送れるわけでもなく、
書こうと思うと、意外と時間がかかってしまうし、
電話みたいに、リアルタイムに話せるわけでもなく、
届くまでには1、2日の時差があり、待ち遠しい。
でも、手紙だからこそ、届く想いがある気がする。
人によって(というか、まさに私?)は、
言葉で直接伝えるのは、なかなか言い出せないことも
手紙の中でなら、素直に語れたりするのかもしれない。
今回もらった手紙を読んで、少し泣けてしまった。
私にとって、とても嬉しい内容だったから。
彼女とはもう十数年の付き合いである。
思えば、本当に長いな。
馴れ合いになってきた関係の中でも、
今ある想いを素直に伝えあうことって大切だなと思った。
そして、今回それを届けてくれたことがとても嬉しかった。
あらためて大事な友達であることを感じる。
これまでも、きっとこれからも。
私もまた自分の手で、自分の言葉で、素直な想いを届けようと思う
2006⁄10⁄07 23:24 カテゴリー:日記 comment(4)

チラシやら公共料金の請求書やらに混じって、
カワイイ封筒が入っているのを見つけた瞬間っていうのは、
何にも変えがたい嬉しさがこみ上げてくる。
それは、数日前に手紙を出した友達からの返事だった

私は手紙を書くのも、もらうのも好きである。
メールも電話もする相手だけれど、ふと手紙を書きたくなる。
まぁ、そんなにしょっちゅうではないけれど。
メールみたいに、2、3分で手軽に送れるわけでもなく、
書こうと思うと、意外と時間がかかってしまうし、
電話みたいに、リアルタイムに話せるわけでもなく、
届くまでには1、2日の時差があり、待ち遠しい。
でも、手紙だからこそ、届く想いがある気がする。
人によって(というか、まさに私?)は、
言葉で直接伝えるのは、なかなか言い出せないことも
手紙の中でなら、素直に語れたりするのかもしれない。
今回もらった手紙を読んで、少し泣けてしまった。
私にとって、とても嬉しい内容だったから。
彼女とはもう十数年の付き合いである。
思えば、本当に長いな。
馴れ合いになってきた関係の中でも、
今ある想いを素直に伝えあうことって大切だなと思った。
そして、今回それを届けてくれたことがとても嬉しかった。
あらためて大事な友達であることを感じる。
これまでも、きっとこれからも。
私もまた自分の手で、自分の言葉で、素直な想いを届けようと思う

2006⁄10⁄07 23:24 カテゴリー:日記 comment(4)
先日、仕事で大阪に行ってきた
エスカレーターで左に立ち、しばらくして気付き、恥ずかしくなる瞬間、
あぁ、ここは大阪なんだな〜って思ったりする。
ほとんど観光は出来なかったのだけど、
一度、くいだおれ太郎さんには挨拶しておいた。
「めいわく駐車をやめよう」のたすきをかけて、太鼓を叩く彼。
いったい何を思っているのだろうなぁ
さて、今回はある研修会のスタッフとして仕事してきたのだが、
なんせ慣れないもので、戸惑うことも多い。
受講生の前で話す役目も少しあり、かなりドキドキ
一緒にいたある人は、口癖のように「なんとかなるさ。」と言っていた。
なんとかなる、とは言われてもね〜。
余裕がないと、せっかくの厚意もある意味、無責任な励ましにすら聴こえてくる。
しかし、何度も何度もその「なんとかなるさ。」を聴いているうちに
ちょっとずつ、ちょっとずつ
うん・・・なんとかなるかもしれん。
うん・・・なるようにしか、ならんしな。
うん・・・なんとかなるだろう。
うん・・・なんとかなる気がしてきた
不思議な変化が起こる。
そして、若干失敗しつつも、
「失敗してもなんとかなるなぁ。」と思えるまでに変わっていった。
そして、スタッフしながら、ちゃっかり講義を聴いたりして、
無事、研修会を終えた。
ささいなことだけれど、
言葉のチカラって、すごいと思う。
声に出さなくても、心の中でも、
自分にどんな言葉をかけるか、って大事。
最初は受け取れなくても、何度も言っていれば
そのうち呪文が効いてくるかもしれない。
「よく頑張ったね〜」と声をかけて、
今日は自分へのご褒美を買った
2006⁄10⁄02 22:52 カテゴリー:日記 comment(8)

エスカレーターで左に立ち、しばらくして気付き、恥ずかしくなる瞬間、
あぁ、ここは大阪なんだな〜って思ったりする。
ほとんど観光は出来なかったのだけど、
一度、くいだおれ太郎さんには挨拶しておいた。
「めいわく駐車をやめよう」のたすきをかけて、太鼓を叩く彼。
いったい何を思っているのだろうなぁ

さて、今回はある研修会のスタッフとして仕事してきたのだが、
なんせ慣れないもので、戸惑うことも多い。
受講生の前で話す役目も少しあり、かなりドキドキ

一緒にいたある人は、口癖のように「なんとかなるさ。」と言っていた。
なんとかなる、とは言われてもね〜。
余裕がないと、せっかくの厚意もある意味、無責任な励ましにすら聴こえてくる。
しかし、何度も何度もその「なんとかなるさ。」を聴いているうちに
ちょっとずつ、ちょっとずつ
うん・・・なんとかなるかもしれん。
うん・・・なるようにしか、ならんしな。
うん・・・なんとかなるだろう。
うん・・・なんとかなる気がしてきた

不思議な変化が起こる。
そして、若干失敗しつつも、
「失敗してもなんとかなるなぁ。」と思えるまでに変わっていった。
そして、スタッフしながら、ちゃっかり講義を聴いたりして、
無事、研修会を終えた。
ささいなことだけれど、
言葉のチカラって、すごいと思う。
声に出さなくても、心の中でも、
自分にどんな言葉をかけるか、って大事。
最初は受け取れなくても、何度も言っていれば
そのうち呪文が効いてくるかもしれない。
「よく頑張ったね〜」と声をかけて、
今日は自分へのご褒美を買った

2006⁄10⁄02 22:52 カテゴリー:日記 comment(8)
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